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30.忘れてしまったヒトは、どこへ行くのだろう?

Dark Side》 2010/01/15 0:12

 最初に書いておくけど、これは俺の個人的意見だからね。

 今回は、ここ最近のTRPGシステム、そしてTRPGのプレイ方法についての雑多な考えを。

 ま、基本的にはイヤったらしい自称上級者的な文章なんで、嫌な人は読まない方が得策かも知れません。


 「TRPGって、どうやって遊ぶのですか?」

 「何の為に、TRPGを遊ぶのですか?」

 「TRPGって、何が楽しいのですか?」

 これは、凄く基本的な質問だと思うんですよ。
 多分、私たちみたいなTRPGフリークとでも言うべき人間でも、一度や二度はこの疑問に直面した事があるでしょうし、今まさにTRPGに興味を持ち始めた人の中にも、この疑問は渦巻いていると思います。

 では、TRPGを楽しみ続けている我々は、この質問にどうやって答えればいいんでしょうか?

 「とりあえず、1回でいいからやってみなよ。きっと、わかるから」

 口で色々と説明しても、所詮はTRPGの魅力の百分の一も伝える事はできないでしょう。
 だから、我々は「TRPGって何ですか?」と質問してくる人達に、きっとこういう答えを返していると思います。

 「補償してもいいよ、きっと、絶対、楽しさがわかるから」

 精一杯の誠意と熱意を込めて。

 それは、多分、以前に自分達が色々な不安を持ちながらも、初めてTRPGをプレイしてみて、その言葉では伝えきれない程の楽しみを得る事ができたからこそ、そう言えるのでしょうし、そういう物なんだという確証をもって口に出す事ができるのでしょう。


 ですが。
 最近のTRPGのシステム、そして、最近のTRPGプレイヤーを見ていると、「一度やってみれば、絶対に楽しいってわかるから」という言葉は通用しないのではないか、と思う事が多々あるのです。

 「昔のTRPG」と「今のTRPG」には大きな隔たりがありますし、「昔のTRPGプレイヤー」と「今のTRPGプレイヤー」には大きな違いがあります。

 確かに、「昔のTRPG」と言われるシステムを、「昔のプレイヤー」と言われる人達と遊ぶのであれば、「一度やってみれば、絶対に楽しいってわかるから」という言葉には嘘はないでしょうし、楽しいとわかってもらえる可能性も高いと思います。
 ですが、「今のTRPG」と言われるシステムを、「今のプレイヤー」と言われる人達と遊ぶのであれば、一度やってみても楽しいと思えない可能性の方が大きいのではないか、と思う気持ちが非常に強いのです。

 私は別に懐古主義者であるつもりはありません。
 私にとっては、昔のTRPGと言われるシステムでも今のTRPGと言われるシステムでも、どっちも心ゆくまで楽しめる自信がありますし、少なくとも最近TRPGを始めた人に悪意を持って「古いタイプのプレイヤーだよね」と言われる事はないという自信も持っています。

 ですが、どうしても「今の」TRPG、プレイヤーともに、「一度やってみたら楽しさがわかる」という可能性は薄いのではないか、と思わざるを得ないのです。


 昔のTRPGに比べて、今のTRPGはルール的なフォローが数多く成されています。
 例えば、人間関係を「ダイスやカードで解決する」為の仕掛けや、「演技を行う事でゲーム的に有利になる」仕掛け、あるいは作成されたキャラクターの過去を自動的に決めてくれる仕掛けなど、数多くの仕掛けが内包されているのが、最近のTRPGの特徴とも言えます。
 また、全体主義色の強かったキャラクターに様々なパーソナルを追加する事によって、より個人主義色の強い、独立した1人の人間としてのキャラクターを作成する事ができるようになっています。

 その結果、最近のTRPGではプレイヤーの思うままにキャラクターを動かす事ができるという自由が保障されています。

 それに比べると、昔のTRPGと呼ばれる類のシステムでは、人間関係はプレイヤーとマスターの会話によって形成しなければならない物ですし、演技というのはあくまでもフレーバーであり、ゲーム的な有利さに直結する物ではありませんでした。
 また、作成されたキャラクターの背景や性格などは全てプレイヤーに一任されていましたし、その反面「(最終的には)パーティの一員ではなくてはならない」という形での全体主義が押しつけられていました。

 ですから、昔のTRPGではプレイヤーの思うままにキャラクターを扱う事が難しいという制限があったのです。


 上の二つのシステムのタイプを考えると、「今のTRPG」の方がシステムが整備されており、同時にプレイヤーの自由が保障されている訳ですから、確かに「今のTRPG」の方が進歩していると言えるでしょう。
 ルール的には。

 しかし、ルール的に進歩してる反面で、そのルールがプレイヤーに求める資質と言うのも底上げされているのです。

 キャラクターの背景設定を作るルールを導入する事で、プレイヤーは背景設定に従ったキャラクターを演技しなければならないという誓約を受けてしまいます。
 また、演技によって有利さをもたらすルールを導入する事で、プレイヤーは演技を行う義務を負う事になります。

 更に、全体主義色の強いTRPGでは「全体の為にミッションをこなす」という前提でパーティが結束しましたが、個人主義色を強めた事により、一人一人のキャラクターが「ミッションをこなさねばならない理由」を、しかも強い動機付けとして設定しなければならないという制限を受ける事になったのです。

 これは、慣れたプレイヤーや慣れたマスターにとっては、それほど難しい事ではないでしょう。
 しかし、「TRPG自体」に慣れていないプレイヤーにとってこれらは、しなければならない事に他ならず、また、他のプレイヤーがそれを易々とこなす事で「ルール的な部分以外」においてのプレッシャーとなってしまうのです。

 慣れていないプレイヤーというのは、基本的にはルール理解の段階で大きなハンディキャップを負っており、ルールの数が多ければ多いほど、そのハンディキャップは膨れ上がっていきます。
 そして、ある程度以上のハンディキャップが貯まってしまえば、それはその人にとって苦痛以外の何物でもないのではないでしょうか?

 そして、そんな状況に置かれた上で、「背景設定を考えなければならない」「背景設定に沿った演技をしなければならない」「演技として良いセリフを言わなければならない」「個人主義の他キャラクターに上手く絡まなければならない」「そもそもゲームとして楽しまなければならない」という「しなければならない」の大群を相手にしなければならないとしたら、それは「絶対に面白いから」以前に、「もう2度としたくない」という事に直結してしまうのではないでしょうか?


 「今のTRPG」と呼ばれるシステムは、確かに熱中して遊ぶ事ができますし、それができるだけの詳細なルールを持ち合わせています。
 しかし、そもそも「熱中できる相手」を相手にしたTRPGでは、その愛好者を増やす事は極端に難しいのではないでしょうか?

 初めてTRPGに挑戦した時のあの気持ちと、初めてセッションを終えた時の興奮。
 これは、きっと、「今のTRPG」を楽しんでいる時とは違った物なのではないでしょうか?

 それを忘れてしまうと…未来は無いのかも知れませんね。


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