このコラムもめでたく50個目を迎えました。
今回はそれを記念して、TRPGでとても重要だと思える部分について、考えてみたいと思います。
TRPGを端的に表現する言葉として、「物語を楽しむゲーム」である、という物があります。
これは、「物語」をストーリー性・キャラクター性と考えると、確かにTRPGを端的に表現していると言えるでしょう。
さて、そんなTRPGですが、いつもついて回る命題として、「物語」と「ゲーム」のどちらを優先させるべきであるか、という問題があります。
あるいは、「人格演技」と「役割演技」のどちらを優先させるべきかという問題も、TRPGを語るにあたっては外せない要素であると言えるでしょう。
しかし、実はこの2つの問題ですが、これは1つの問題に帰着する問題です。
すなわち、「物語性」を優先するか「ゲーム性」を優先するか、という問題なのです。
TRPGにおける「人格演技」というのは、すなわち「物語性」を追求した結果に過ぎません。
物語性を追求すると、ゲームの進行や利害の対立を考える以前に、「物語に登場するキャラクター」としての完成度を高める必要が出てきます。
逆に、TRPGにおける「役割演技」というのは、「ゲーム性」の追求と重なるところが大きいのです。
ゲーム性を追求すると、ゲームの進行や利害の対立を考える為に、キャラクター性よりも「ゲーム内で割り当てられた役目」という役割をこなさせる必要性が高まってくる為です。
これは、互いを阻害する要素であり、片方を高める為には必然的に他方を低めてしまう結果となってしまいます。
この「物語性」と「ゲーム性」の対立が、現在のTRPGを2つの派閥に分けてしまっているのではないでしょうか?
しかし、この「両極端」ですが、これを両立させない事には「TRPG」ではないのです。
「物語性」のみの物は、単なるフルアドリブ演劇(言葉のみ)に過ぎず、「ゲーム性」のみの物は、単なる異色シミュレーションゲームに過ぎなくなってしまうからです。
そう、TRPGとは、「物語性」を楽しみつつ、「ゲーム性」をも楽しむという、実に難しいバランスの上になりたった物なのです。
このバランスは、「キャラクター」を使う事によって実現する事ができます。
建前上、TRPGのキャラクターはプレイヤーと別の「リアルな」存在です。
キャラクターはその背景設定から、「感情」「理性」「道徳性」といったファクターを持ち合わせていますし、その発露も状況の変化と同時に刻々と変化しますから、実在の人間と同様に「感情を優先する」「冷静に合理的に行動する」「自分の思うままに行動する」「人に求められた行動をとる」という様々な方向性を切り替える事ができるのです。
これにより、TRPGは場面場面で「物語性」・「ゲーム性」をプレイヤー/キャラクターの判断によって切り替える事ができますし、プレイヤー/キャラクターが集まる事でそのバランスを刻々と変化させていく事ができるのです。
どうも、難しい話になってしまいましたね。
では、簡単に訳してみましょう。
TRPGとはプレイヤー/キャラクターの判断によって、「物語性重視」「ゲーム性重視」を切り替える事ができるものであり、それが集まる事で1つのバランスを作り上げる事ができるゲームなのだ。
という事です。
さて、そんな「バランスの切り替え/作成」のできるTRPGですが、みなさんはどのようにプレイされていますか?
いつも「物語性重視」・「ゲーム性重視」ばかりではなく、そのバランスを楽しんだり、あるいは全く逆のファクターに挑戦してみるのも、TRPGを長く・深く楽しむ為の秘訣だと思いますよ……