【日想】141:提供される幸せはプレイヤー向けであるべきなので

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 TRPGはストーリーのメディアでもあるのでプレイヤーキャラクターは大変な目にあったり大騒ぎに巻き込まれたりするんですが、セッションで提供されるべき幸せはプレイヤー向けなので、プレイヤーが幸せを感じるためにであればプレイヤーキャラクターは不幸になっても仕方がないという関係性があるので仕方がない部分ですよね。
 プレイヤーキャラクターとプレイヤーの幸せがイコールの場合は問題ないんですが、プレイヤーキャラクターが幸せだけれどもプレイヤーが幸せでない場合はプレイとして面白くないですし、プレイヤキャラクターとプレイヤーがともに不幸なのは避けたいですよね。そしてプレイヤーキャラクターが不幸でもプレイヤーが幸せな場合はその状態を固定すべきなので、プレイヤーキャラクターはわりと扱いが悪いと言うか不遇な扱いを受ける事が多いと思います。
 しかしTRPGのセッションはGMを含めたプレイヤーのために供されるものであり、主眼はプレイヤーの「面白さ」「幸せ」を実現する事なのでそのための手段であればキャラクターの不幸は致し方ないんですよね。

 こういう部分って深く考えずにプレイできる部分なんですが、考えてみても面白いと思います。

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如月翔也

 如月翔也です。TPGとアナログゲーム、PCが大好きな中年男です。このブログでTPGについて色々触れています。コメントを貰うと非常に喜ぶのでお気軽にコメントをお願いします。