TRPGは「物語」の遊びであると同時に、厳然たる「確率」の支配するゲームでもあります。
例えば、貴方のキャラクターはゴブリンを切り倒す事が可能かも知れません。
それを判定する為に、貴方はダイスを振ります……その行動は、2D6で5以上を出せれば成功です。
これはすなわち、「貴方のキャラクターは36分の33、97%の確率でゴブリンを切り倒す事ができる」という事に他なりません。
さて、TRPGの「上手なプレイ」の手本の一つとして、「キャラクターが知っている事とプレイヤーが知っている事を分けて考える事ができる」という物があります。
例えば、貴方のキャラクターがヴァンパイアと出会った時、貴方は「ヴァンパイアは通常武器が無効で、呪文も使ってくる、強力なアンデッドだ」という事を知っていたとしても、キャラクターが「知っているかどうか」の判定に失敗した場合、それを知らない物としてキャラクターに行動させる、という事です。
それでは、「確率計算」はどうなのでしょうか?
我々が現実世界を律する法則を解明できないように、キャラクターは「世界」を支配する「確率」という物を知らないはずです。
そこから考えると、「確率計算」という物を持ち込むのは、「上手なプレイ」ではないと思えます。
しかし、実は、それは違うのです。
私達が経験に基づいて「これは簡単だな」などと考えるように、キャラクターも経験に基づいて判断を行っているはずです。
しかし、我々はキャラクターと同一ではなく、「キャラクターの」経験に基づいて判断する事はできません。
ですが、その代わりにマスターに「この行動の場合、目標値はいくつになるの?」と聞く事ができるのです。
そして、マスターはキャラクターの能力や経験を考えながら、「それは教えられない」とか、「その場合、2D6で5以上で成功だな」と答えてくれるはずです。
この場合、「それは教えられない」というのは、キャラクターが経験した事のない、あるいは判断の根拠になる程の経験を持たない行動であるとマスターが判断したからでしょう。
ですから、この場合、キャラクターは「経験がなさ過ぎて、判断に苦しんでいる」という事なのです。
あるいは、「その場合、2D6で5以上で成功だな」と教えてくれた場合は、キャラクターの経験から言っても、世界法則から言っても「2D6で5以上で成功」という確信があるのです。
ですから、その場合、キャラクターは「楽勝だな」と呟きながら行動する事ができますし、あるいは「これには自信があるんだ、任せてくれ」と言う事もできます。
確率計算自体は純粋な数学であり、「物語ゲーム」としてのTRPGを好む人には忌避されがちな要素でもあります。
しかし、それを上手に使う事により、ゲームとして有利な行動を取る事ができますし、「確率」という意味で、キャラクターの得手/不得手を知る事もできるのです。
TRPGには色々な側面がありますが、「確率」という支配の法則を軽視すると、ゲームとして辛くなるばかりか、キャラクターへの相互理解も低いレベルで収まってしまいます。
せっかくのキャラクターですから、「確率」を使う事で、理解すると同時に物事を有利にしてあげたい物ですね……